竹テント ネパール復興支援 プロジェクト 活動報告03

 

3日目 集会所の瓦礫の撤去 @ダクシンカリ

街中にある半壊した古い集会場の瓦礫を住民のみなさんと一緒に撤去しました。 倒壊した家などはそれぞれの住民の方達が地道に手作業で片付けをしていましたが、公共の建物の集会場などは後回しになってしまっている中、バラミさんが知り合いの方達に声を掛けて片付けをつることになりました。はじめは、数名の地元の若者とボクたちの7〜8名で片付け始めたのですが、外国から来た人ボクたちが一所懸命片づけていると、見るに見かねた通りがかりの人、近所のお店の人など、老若男女がどんどん作業に加わって、延べ40人ぐらいの人が参加したでしょうか、4時間ぐらいの結構なガテン作業でしたが、すっかりキレイに片付、地域のみなさん、とても喜んでくれました!

片付け途中の写真がありませんが、ものすごい数の老若男女の地域住民の方達が参加してくれました。写真撮っている余裕無かった。。


 

 3日目 支援物資の配布 @ダクシンカリ

ダクシンカリで家屋が倒壊して、仮設に暮らす方達を廻って、日本から持って行った支援物資を手渡しました。 ネパールの家は、大きく分けると古いレンガ造りの家と新しいコンクリートづくりの家があります。今回の震災では、古いレンガ作りの家が倒壊していました。 家が倒壊して住むところが無くなった方達は、トタンと竹や廃材を使って建てた簡素な家に暮らしていました。 家を建てなおすのにしても、まずは瓦礫を撤去しなければなりませんが、その撤去も家族で手作業なので、時間のあるときに少しずつ作業しているようでした。 新しい家を建てるのにもお金が必要です。現時点では、政府からは、多くない見舞金がもらえることになっているようですが。。 家を建て直し、元の生活に戻るまでの道のりは、とても遠いように感じました。

 

 

 

 

支援物資の、お米などの食料やビニールシート、作業用の手袋などを必要な方達に手渡しました。

 

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竹テント ネパール復興支援 プロジェクト 活動報告04

 

5日目 竹テントづくり @サクー

様々なご縁がつながり、ダクシンカリとは別の場所で、竹テントをもう1台作ることになりました。カトマンズから北東へ十数キロ、クルマを走らせること20分。こちらもダクシンカリと同様に美しいライステラスが拡がる農村「サクー」 。  ここの村も、地震の被害は大きく倒壊した建物の下敷きになるなどして73名が亡くなったそうです。 この村に家族で暮らすラジャンさんは、震災で家は全壊してしまい、今は、日本のアミナコレクションさんの支援により建てられた竹ハウスに暮らしています。ラジャンさんは、日本に7年間住んだこともあり、震災前はネパール人のための日本語学校を開いていたそうです。サクーは農業が盛んで、ジャガイモの産地としても有名です。竹テントは、農業の収穫物や資材などの置き場としても使えるのではないか、とのことでした。

被害状況を説明するラジャンさん

左側がラジャンさん宅 建て直さないと住めないとのことでした。

とてもよく出来た「竹ハウス」が十数軒ならんだバンブービレッジ。 

綿を紡ぐ女性。 こういった手仕事がまだネパールにはあるんですね

田んぼの畦には大豆が植えられていました。昔は日本ではよくある風景でしたが、今は、お目にかからなくなった懐かしい風景。

 

 

 

さぁ、竹テントづくり。 炎天下の中チームバンブーのメンバーで組み立てていきます。

 

完成した竹テントの下で、支援物資を配布しました。

出来上がった竹テントは、ひとまず、この広場に置いて、日よけや雨よけとして 使って行くとのことでした。

「国境を越えたご縁でつながるコミュニティ」を作っていく

8月6日に現地入りして13日までの短い間でしたが、竹テントづくりと瓦礫の片付け、 そして支援物資の配布などを行いました。慌ただしいながらもネパール特有の、 ゆるい時間の流れの中で、現地の方達とは時には楽しみながら活動してきました。

被災地の現在の状況というのは、短い時間だったので、各地の被害状況は、よくわかりませんでしたが、 現地の人の話では、カトマンズ周辺よりヒマラヤ山脈に近い村々で多くの被害があったとの話を聞きました。

今回、ボクたちが行ったダクシンカリとサクーは首都カトマンズからクルマで30分 で行ける、ネパールの中では、割と「都会」に近い所でした。しかし、そこは牧歌的な農村風景 が広がり、ここに暮らす人達の多くは、種を蒔き自給的な地に足のついた暮らしを営む人達でした。

日本の東日本大震災の時に聞いた話で、農村や漁村に暮らす人達は、2〜3日電気がなくても 食料は持ってるし、木を拾って来て暖取ったり調理したり。。何とか生きていけるけど、 都会に住む人たちは生きる智慧が乏しいので、どうにもならなかったという話。 やはり地に足ついた暮らしをしている人たちは「生きる力」が違います。

ネパールの農村で被災したかたたちも、多くは地に足ついた暮らしをしてきた人たちで、 もともと「生きる力」が備わっているようでした。基本的にたくましい。大変だけど何とかなっているようでした。 それにしても、国からの支援や、世界中から集まっているであろうたくさんの義援金は、 こういった被災者の方達には、現時点では行き渡っていないようです。 必要な人たちに、的確にお金や支援物資が届けるのは、難しいのかも知れませんが・・

時間の経過と共に、求められる支援も変わっていきます。現地はこれから冬を迎えます。 仮設住宅に暮らす方達へ向け、寒さ対策の防寒着などを日本から送りたいと思っています。

そして、今後については、今回だけの支援に終わらず、このご縁を切っ掛けに、 今回支援に行った地域を中心に、引き続き応援していきながら、長い目で関係を築いて いけたらと思っています。

「国境を越えたご縁でつながるコミュニティ」を作っていく というのは、地球規模での気候変動への危機感が高まる中、とても大切になっていくと思っています。

今回の、「竹ントネパール復興支援プロジェクト」にご協力いただいたすべての皆様に、 心より感謝の意を申し上げます。ありがとうございました。 引き続き、支援を行っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

テキスト:トージバ 神澤則生

 

 

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