庄内 粟島行脚:02 後半

わたくしが暮らしている日常にはない
「場」「時」があるから島というものに魅力をおぼえるのか。
島というかぎられた、完結した中途半端さがないところだから
そんな「場」「時」がありうるのか。

島には町営の無料キャンプ場が何ヶ所かある。

往復のフェリー代が結構するので、
なんだかバランスが取れている気がした。
夏のシーズンオフにもかかわらず毎年来ていそうな、
常連の人人が何組もいて、
海の幸を取っておいしそうに焼いて食べていた。
うまそう。

宿泊した宿の近くには、不思議な「場」があった。

なんと土葬の習慣がまだのこっていて、
墓場とも何ともいえぬ「場」であった。
大きな木の回りに無数の石が積まれているだけ。
そこに土葬され、まわりには無数の梵字の石碑がならんでる。
西畑さんもこの春に、この土葬に儀に参加したという。

この島には「野生馬伝説」がある、軍馬が陸からおよいでたどりつき、そのままその子孫が野生馬として昭和のはじめまでいたという。

そんな中、そんな話にもあわせて、助成事業として
2人のスタッフと数頭の馬が、数十年ぶりに島にやってきた。
ホースセラピー、乗馬教室、ホースエコツアーをやっているというので、馬がいるという小学校の校庭までいく。
「渡邉さんですよね」とそのスタッフの1人が、声をかけてきたのでビックリした。
以前、神奈川のお寺でおこなった大豆のトークイベントを見にきていただいていた学生さんで、わたくしのことを知っていた。
こんなとこで、出会うとは。

大豆がとりもつご縁にあらためて本当にビックリした。

彼は大学卒業後の道を馬と生きることを決めていた。
今は馬と肌をつけあわせての毎日、修行中だ。
そんな彼をふくめて数人の若者がこの島にきて暮らしている。
夜は彼ら数人と民宿をはしごしながら、いろんな客と酒を飲む。

帰りのフェリーの見送りに来ていただいた西畑夫妻。

デッキからサヨナラをしておりますと手になにかをからめつけながら
「わたなべさーんなんか袋ありますかー」と。
生きたタコというワイルドな土産をいただく。

またいきたい島。

大豆のとりもつ縁にまた感謝。

トージバ代表 渡邉 尚

この記事のへのコメント&トラックバック

コメントは受け付けていません

このページの先頭へ